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2017年06月27日 (火) | 編集 |
恒例の生存報告ですが、毎回ツクールやゲームのネタも何なので、
私の浅はかな三国志知識を少しだけ披露しようと思います。
(こう言う事をするほどには元気です!!)

1.そもそも三国志の発端って何?
三国志をかじっている人には常識ですが、黄巾の乱が発端です。
黄巾賊は太平道(いわゆる新興宗教です)の教祖・張角が武装蜂起した
のが始まりで瞬く間に後漢(当時の中国です)全土に広まりました。
有名ですが、実は張角にも義兄弟が居ます。張梁と張宝という二人。
張角亡き後も黄巾の乱がなかなか静まらなかったのはこれが要因です。

2.桃園の誓いって何?
これも三国志をかじっている人には当たり前の知識ですが、
三国志なんぞ知らぬわ!馬鹿めが!!という人にも知って貰う為に書きます。
むしろ売り(今でいう畳屋さんみたいなもの)の青年で漢王朝の血の流れを引く
劉備玄徳と指名手配犯で本名も分からない関羽雲長と、
肉屋を営んでいた少年張飛翼徳が義兄弟の誓いを結んだ事です。
ここで酒代はだれが持っていたのか?疑問ですよね?
実は全部張飛持ちでした。
誓いを結んだ桃園も張飛の家の庭の一部。
あれ?劉備の家の庭じゃないの?お酒も劉備持ちじゃないの?とお思いの方もいると
思いますが……、史実ではそうなっているのです。
そして義兄弟の長兄が劉備なのは一番年上というのもありますが、
これも諸説あり、一番面白い逸話を紹介すると……。
張飛が桃園で酔った勢いでとある木を指さし
「あの木の一番上に最初に到達した人を長兄にしよう!!」
と言い登り始め、危ないから止めないかと関羽が止めに走り、
その様子を見ていた劉備がそれらを一喝で止めたので貴方が長兄でいいです。
となったというものがありました。

今回はここまでです。
次回はもっと詳しく述べたいですが知識がディープと言えるほどないので、
次回もこのくらいになると思います。
(次回は督郵タコ殴り事件と宦官一掃大作戦です……)
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